なげけとて  月やは物を  思はする 

  かこち顔なる  わが涙かな

                     西行法師  


<現代語訳>

「嘆け」と
 月が私に物思いをさせます。

 いや、月のせいなどではなく、恋心のせいなのでしょう。

 だのに、私は、月のせいのようにして
 恨めしそうな様子で涙をこぼしているのです。

<解説>

 第八十六番。
 月を前にして、恋人を恨む歌です。

 表現上の技法、凝った構成などは全く使われていません。
 自然歌人、西行の特徴のひとつです。

 その素直な詠み口のゆえに、
 月を見て恋人を慕う風情がありありと理解できましょう。




 月。
 LUNATiC という単語には「狂った」という意味があるとか。

 聖母の微笑みと魔性の妖しさをもつ、暗黒の天空に浮かんだ銀盤。

 古来、ギリシア・中国など、世界のあらゆる場所で
 その美しさが誉め称えられ、
 その狂気に何人が身を委ねたことでしょうか。

 月を見て何を思うかは各人の心次第、なのですが
 さりとて、月に思うことは、病的なまでの憂いを含んでいる、
 そう思うのは、私だけでしょうか。





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